改正セーフティネット法から間もなく1年、高齢者の入居を阻む「心理的瑕疵」と死生観
2025年10月1日に改正住宅セーフティネット法が施行されてから、まもなく1年になります。単身の高齢者が部屋を借りにくいという長年の問題に対して、居住サポート住宅の認定制度、残置物処理等の業務、家賃債務保証業者の認定という三つの備えが用意されました。貸主が抱えてきた不安に、制度の側から手当てをしたかたちです。
それでも、入居の場面で高齢の方が敬遠されるという話は、今も聞こえてきます。制度がまだ知られていないという説明もできます。ただ、私はもう一つ別の理由があると考えています。不動産の取引には、人の死を価値の減点として扱う慣行が残っています。その慣行が、いま生きている高齢者の住まいを狭めている。ここを動かさないかぎり、制度をいくら足しても届かない部分が残ります。
「心理的瑕疵」は建物ではなく、人の心の側にある
不動産の世界には「心理的瑕疵」という言い方があります。雨漏りやシロアリのような物理的な欠陥はないのに、そこで人が亡くなったという事実によって、売れにくくなったり賃料が下がったりする。減点の根拠は、建物の側にはありません。次に住む人がどう感じるかという、心の側にあります。
この感覚の由来を、死を穢れとみなす古い観念に求める見方があります。かつては、感染の危険を遠ざける知恵でもあったのでしょう。ただ、いまは火葬が当たり前になり、衛生上の理由はほとんど残っていません。残っているのは感覚のほうです。そしてその感覚が、取引では価格という具体的な数字になって表れます。
ガイドラインは、告げなくてよい場合も定めている
国土交通省は令和3年10月に「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を公表しました。ここには、告げなくてもよい場合が具体的に挙げられています。
老衰や病死といった自然死、および日常生活のなかで起きた不慮の死は、原則として告げなくてよい。自宅で亡くなった方の死因のうち、老衰や病死が9割を占めるという統計が、その根拠として示されています。賃貸借であれば、それ以外の死や特殊清掃等が行われた場合であっても、発覚からおおむね3年を経過した後は原則として告げなくてよい。日常的に使わない共用部分や、隣接した住戸も同様です。
つまりこのガイドラインは、「ここまでは告げなさい」と定めると同時に、「ここから先は告げなくてよい」とも書いています。文面だけを読めば、行き過ぎを止める役割を持っているはずのものです。
それでも、現場は告げる側に倒れる
ところが実務はそのように動きません。理由はガイドライン自身のなかにあります。これに従って取り扱ったとしても民事上の責任を回避できるものではなく、責任の有無は個別の事案ごとに判断されるべきである、と明記されているからです。
免責にならないのであれば、宅地建物取引業者にとって合理的な選択はひとつです。迷ったら告げる。告げて取引がまとまらなかったときの損は、告げずに後から争いになったときの損より、はるかに軽い。こうして「最低限これは告げよ」という基準は事実上の下限としてだけ働き、上限としてはほとんど働きません。告知の範囲は、現場の自己防衛によって静かに広がっていきます。
この広がりは、入居審査の段階に跳ね返ります。高齢の方を迎えることが、将来の告知事由を抱えることと結びつけて語られるようになる。居住サポート住宅も、残置物処理の取決めも、家賃債務保証業者の認定も、貸主の金銭的な損失には効きます。しかし、いま述べた減点そのものには効きません。制度が備えているのは費用の穴埋めであって、価値観の側ではないからです。
死は減点ではなく、住まいの前提である
人が住む場所である以上、そこでいつか人が亡くなることは避けられません。例外なく、全員がいつか亡くなります。それにもかかわらず、死が起きた家を減点し続ける前提を置けば、計算は合わなくなります。年齢を重ねた人ほど貸しにくい、という結論にしかたどり着かないからです。
国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2050年に65歳以上の単独世帯は1,084万世帯となり、一般世帯の20.6パーセントを占めます。五世帯に一つです。その全員に「亡くなるかもしれないから」という理由で線を引けば、線の内側に残る借り手はいなくなります。
死を徹底して遠ざけた先にあるのは、安全な社会ではありません。生きている人の居場所が狭い社会です。私たちが扱っているのは物件ですが、その向こうにあるのは人の一生です。告知の範囲をどこまで広げるかという実務上の判断は、行き着くところ、死をどう扱うかという私たち自身の構えの問題になります。
当社では、貸主のご事情も、借主のご事情も、どちらもお伺いしたうえでお話をしています。答えを一般論で決められる場面は、そう多くありません。一件ずつ、事情を聞くところから始めています。
改正住宅セーフティネット法の施行日(2025年10月1日)、および居住サポート住宅の認定制度・残置物処理等業務・家賃債務保証業者の認定という改正内容は、国土交通省の2025年4月22日付報道発表によります。告知に関する記述は、国土交通省が令和3年10月に公表した「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」によります。2050年の高齢単独世帯の推計は、国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)令和6(2024)年推計」によります。心理的瑕疵と死生観に関する見方は、筆者の見解です。