消しゴムで書き換えられた国の統計 富山市の人口水増し疑惑から考える「アナログというブラックボックス」
2026年10月3日、富山県警が統計法違反の容疑で富山市役所を家宅捜索しました。2025年国勢調査で、市が人口を少なくとも2,000人以上水増しした疑いが持たれています。総務省は9月29日、調査実施時の市職員を氏名不詳のまま告発しており、国勢調査をめぐって同省が統計法違反で告発するのは初めてです。
5月の速報値で40万2,133人だった富山市の人口は、9月29日の確定値で39万9,197人となり、2,936人少なくなりました。2026年度の普通交付税は速報値の人口で算定されており、市の試算では本来より約6,000万円多く受け取った可能性があるとされています。
動機や経緯の解明はこれからの捜査に委ねられます。それでも、報じられた手口そのものが、紙と鉛筆に頼る業務の弱さを示しています。本記事では国勢調査に限らず、行政や企業に残る「アナログというブラックボックス」と、その改ざんリスクについて考えます。
「鉛筆の線を消すだけ」で済んだ書き換え
国勢調査では、事前に作った世帯の一覧に対し、調査員が現地で「居住実態なし」と確かめた世帯へ二重線を引いて抹消します。記入ミスを直せるよう、一覧や調査票は原則として鉛筆で書く決まりです。
報道によると、富山市は総務省の調査に対し、この二重線を根拠のないまま消しゴムで消して世帯を復活させ、予備の調査票を作って帳尻を合わせたと認めました。高度なシステムへの侵入ではなく、消しゴム一つで済む極めて原始的な手口です。
注目すべき点がもう一つあります。富山市では9割近くの世帯がインターネットか郵送で回答しており、不適切な処理が行われたとみられるのは、調査員が紙で回収した残りの1割でした。デジタルで直接届いた回答には手を入れにくく、人の手を経由する紙の部分に不正が入り込んだ形です。
紙にも消し跡は残り、今回もそこから発覚しました。しかし紙には「いつ」「誰が」「何を」直したかという記録が残りません。現場から直接システムに入力される仕組みであれば、修正の履歴を記録として残すことができます。
紙の業務が抱える3つの死角
この問題は国勢調査だけのものではありません。行政手続きや企業の業務に残る紙のプロセスには、改ざんを招きやすい構造的な死角があります。
一つ目は、履歴が残らないことです。書類の差し替えや書き直しが行われても、後から第三者が「誰がやったのか」を確かめるのは容易ではありません。
二つ目は、途中で「机の上」を経由することです。現場の事実が直接記録されず、一度担当部署の手元を通ることで、組織の都合に合わせて数字が調整される余地が生まれます。
三つ目は、性善説に頼っていることです。紙の作業は「公的機関や自社の職員が嘘をつくはずがない」という前提の上に成り立っており、意図的な書き換えを防ぐ仕組みが組み込まれていません。
2021年に発覚した国土交通省の「建設工事受注動態統計」の問題でも、同省の手引に沿って、遅れて届いた業者の調査票の数字を都道府県の担当者が消し、最新の月分に合算して書き直していました。紙がある限り、数字は誰かの手で書き換えられるリスクを抱え続けます。
「便利さ」ではなく「守り」のためのデジタル化
日本では、デジタルが苦手な方への配慮やシステム障害への備えを理由に、紙の手続きが根強く残されています。その配慮自体は大切なものです。
ただ、紙を残すのであれば、紙の部分こそが最も書き換えやすい場所になるという事実にも向き合う必要があります。国の土台となる統計が歪み、本来より多い交付税が支払われる事態は、結局のところ私たち納税者全体の負担に跳ね返ります。
デジタル化の意義は、業務の効率化や利便性の向上だけではありません。書き換えた事実が記録として残る仕組みをつくり、組織の不正から社会を守る「防御壁」として機能させることにもあります。
「一部の職員の問題」で終わらせないために
藤井裕久市長は10月2日の会見で、人口40万人の維持が動機ではないかとの質問に対し、それを否定しました。動機が何であれ、少数の職員の手で国の基幹統計が書き換えられたとすれば、問われるべきは個人の資質だけでなく、それを許した仕組みの側です。
不動産の取引も、長く紙と押印に支えられてきた分野です。重要事項説明書や契約書の電子交付が認められるなど、制度は少しずつ変わりつつあります。記録が残り、後から確かめられる手続きへ。富山市の出来事は、私たち自身の業務の足元を見直すきっかけでもあると考えています。
本記事の記述は、総務省報道資料「統計法違反の疑いに係る告発」(2026年9月29日)、日本経済新聞・時事通信(2026年10月3日)、朝日新聞(同9月30日)、北陸中日新聞、北日本放送、北國新聞の報道、および国土交通省統計問題に関する神戸新聞の報道(2021年12月)をもとにしています。